シェフが自ら調達する地物のジビエ
12月初旬の朝7時。ようやく明るくなり始めた越後平野を、KOKAJIYAのシェフ、熊倉誠之助さんが猟銃を持って歩く。すぐそばには細い川が流れ、その土手を素早く駆け上がったかと思うと、「パーン!パーン!」。1羽は驚いて飛び立ち、川を泳いでいたもう1羽のコガモがこの日初めての獲物となった。
カモが泳ぐ川に猟銃を向ける熊倉さん
岩室温泉街にたたずむ「灯りの食邸 KOKAJIYA」。築100余年の古民家を再生したレストランでは、にしかんの新鮮な食材を使ったパスタランチやディナーが楽しめる。
地元の職人やクリエイターらが参加して誕生したKOKAJIYA
単なる古民家レストランというだけでなく、伝統的な食材や郷土料理にも目を向け、11月中旬から2月末にかけては、昔からにしかんで食されてきた野生のカモを使った料理を提供する。そのカモを、熊倉さんが自ら猟銃で仕留めているのだ。
「もともと西蒲区の潟東(かたひがし)地域ではカモの網猟が盛んでした。冬の田んぼに下りて来るカモを網で生け捕りにするので、新鮮でおいしいんですよ」
昔ながらの網猟。カゴの中のカモをおとりにして、網で一気に捕らえる
本当は網猟をやりたかったが、さまざまな事情から猟銃の狩猟免許を取得した熊倉さん。最初は野生のカモを知り合いを通じて猟師から仕入れ、さばいた時の感動と味が忘れられなかったのがきっかけだった。
「それまで扱ってきた肉は家畜がほとんどで、ジビエであっても食材用に出荷されたウサギやシカの『部位』でした。狩猟は、ついさっきまで生きていた体温のある生き物をさばいて、ありふれた言い方ですが『命をいただく』という感覚があり、ある段階から『食材に触れている』感覚に変わる。そのプロセスが料理人として初めての体験で、感動的だったんです」と熊倉さんは振り返る。
ヒントは昔ながらのカモ汁に
食材との向き合い方や作りたい料理も、狩猟を始めてから変化した。肉を煮出すスープ「コンソメ」は、当初は牛肉のコンソメなどと同じように香味野菜と一緒に煮込んでいたという。
「猟師の先輩に味見してもらったら『こんなまずいもの食えるか』とバッサリ。『本当のカモ汁はこういうもんだ』と教わったのが、カモのガラを水や酒だけで煮るものでした。野菜は長ネギだけで、アクも取らない。これが絶品でした」
伝統のカモ汁をベースに、熊倉さんも独自のコンソメを追求。そしてたどり着いたのが、水・酒・塩・長ネギでガラを煮出し、ミンチにした肉と骨を加えて煮直す方法だった。
追い鰹ならぬ「追いガモ」をしたコンソメ。作り方を聞くと濃厚になりそうだが、やさしく澄んだ味
このコンソメは、ディナーのジビエコース(8品税込8,800円)の中盤で登場する。すっきりとした味で口の中がリセットされるようだ。コースではほかに2品のジビエ料理が楽しめる。使用するジビエは、カモ、シカ、イノシシ、クマ、キジなど仕入れ状況により変わる。
生クリームとタマネギを合わせた、まろやかな味わいのレバーペースト
メインは胸肉のロースト。表面を炭火で焼いた、ほぼレアの状態。巣蜜(巣の中に蓄えられた蜂蜜を巣ごと味わうもの)と一緒に食べると肉の風味が抜群に際立つ
「これはイベント的に出そうと思っています」と熊倉さんが作ってくれたのは、カモ南蛮。先ほどのコンソメをベースに、しょうゆ、みりんを加えただしにそばの風味が加わり、豊かな味と香りが口いっぱいに広がる。
濃厚なうま味が溶け出た絶品カモ南蛮
土地に根ざした「命をいただく」という営み
ところで近年、日本ではジビエに関してある動きが出ている。
異常気象などの影響で餌が減り、人里に下りてきたシカやイノシシなどによる農作物の被害が増加。そうした野生鳥獣を適切に捕獲し、無駄なく食べようという潮流があるのだ。それに伴いウイルスなどへの対策が必要になるため、厚生労働省では、飲食店でジビエを提供する際、保健所が認可した加工場で処理した肉のみを使用しなければならないといった、衛生管理のガイドラインを定めている。
さらに2020年、HACCP(ハサップ)という食品衛生管理の手法が、個人の飲食店も含めて義務化される。KOKAJIYAではこれらの問題に対応するため、店舗奥の一角を、ジビエ専用の加工場に改装した。
しかし加工場の新たな設備投資が難しい小さな料理屋などは、そのままカモ料理をやめてしまうことも考えられる。カモを卸す先がなくなれば、引退を考える猟師もいるだろう。
カモの猟師はなり手が少なく高齢化が進む。熊倉さんが教わった弥彦猟友会のメンバーは10名ほど(2020年1月現在)
地域に根ざす食文化のともしびが小さくなっていくことへの危機感。失いたくない、と強く感じていることが熊倉さんの言葉から伝わってくる。
「フード・マイレージ(食品が産地から消費地まで輸送される際に排出される二酸化炭素などの環境に与える負荷)という言葉がありますが、規制によって地元のジビエがNGとなったら、人間は今以上に肉を作って流通に乗せるかもしれませんよね」
ジビエの継承は、環境への負荷を軽減する意味でもメリットがあるのだ。
「いただいた命は余すことなく使い切りたい。さばく時に出る羽毛も何かに使えたらと思うんですよね」と熊倉さん
広い越後平野の中に水辺が入り混じった新潟の自然環境は、越冬に来たカモにとって居心地が良い場所。一方で昔の人々にとって、カモは重要なタンパク源だった。
土地の人間が生きるための営みとして、独自の食文化が育まれた。それは一度失われたら、取り戻すのは簡単ではないだろう。フード・マイレージを始めとする食の問題の解決は、身近な食材を大切にいただくことが出発点になるのではないだろうか。
時を感じるこの空間で地物のジビエを味わいたい
- 取材・文/
- 小池 杏子
- 撮影/
- 日下部 優哉