生産量の9割が地元消費で、蔵人も全員地元。ローカルを極めることが、観光戦略の武器。
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- 巻エリア
Information
店舗情報
名称 | 笹祝酒造株式会社 |
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アクセス | 新潟県新潟市西蒲区松野尾3249 |
電話番号 | 0256-72-3982 |
URL | http://www.sasaiwai.com |
試飲営業と直売
営業時間 | 通常時期/0:00〜12:00、13:00〜16:00 醸造時期/13:30〜16:00 ※笹祝ブログ(https://sasaiwaishuzo.blogspot.com)に 週ごとに営業日が案内されています |
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定休日 | 不定休 |
年齢や肩書きを超えた仲間との酒造り
商品名を平仮名であしらったシンプルでかわいいデザインと、リンゴ酸の酸っぱい風味が日本酒のイメージを覆す。100年以上西蒲区旧巻町で酒造りを営む笹祝酒造株式会社から2019年誕生した新商品「サササンデー」(408円・税込)は、ぐいぐい飲める低めのアルコール度数、少量で試しやすいカップ酒で、普段日本酒になじみが薄い若者や女性にも好評を博している。
このサササンデーを生み出したのは、同社が2017年に立ち上げた日本酒の新商品開発プロジェクト「笹祝challenge brew」。笹祝酒造の笹口亮介代表取締役社長を中心に、酒販店・飲食店・日本酒愛好家、大学の日本酒サークルなど、さまざまな年齢・職種のメンバー約50人による開発チームだ。
笹祝challenge brewでは、毎年お酒の方向性からデザイン、販売方法まで相談しながら新商品を形にしていく。このプロジェクトを発足させた時、笹口さんの心の中には「今に見ておれ」という思いが燃えていた。
「僕が新潟に戻った頃、日本酒の世界では『新潟の日本酒』というだけで敬遠される風潮がありました。昔ブームがあったからこそ、『新潟とは違う』ことが良しとされた。だから新潟の酒蔵だけどガツンとイメージを覆すお酒を作ってやろうと思ったんです」(笹口さん)
そこで笹祝challenge brewの初回である2017年には、乳酸を添加するのではなく手間暇をかけて自然に培養させる昔ながらの生酛(きもと)仕込みの日本酒を生み出した。そして2018年に生酛仕込みのスパークリング日本酒「活性濁り」とお燗専用の「熟成濁り」という、マニア好みの日本酒を開発。2019年には若者や女性など、新しい層に響く日本酒を作ろうとサササンデーが誕生した。今後はサササンデーをブラッシュアップすべく、にしかん素材のスパイスミックスを組み合わせた商品づくりを計画している。
原発から町を守った酒造
新しい酒造りに積極的な笹祝酒造だが、その歴史は古く、創業は明治32(1899)年までさかのぼる。にしかんに蔵を構えて120年を超え、生産量の9割が地元で消費され、作り手も全員地元に住む人という、まさに地産地消の酒蔵だ。
「『親父が笹祝を飲んでいたから俺も飲む』という流れもあるのかもしれません」と笹口さんが言うように、地域に愛されている笹祝酒造。その背景には酒だけに留まらない地域の人との絆がある。それが、商売を顧みず「巻原発建設計画」を撤回させたエピソードだ。
旧巻町では、今から約50年前に原子力発電所建設の話が上がっていた。原発建設・稼動は安全性への懸念があると同時に町に莫大な収益をもたらすことから、1つの町の中で賛成派と反対派に分かれ、軋轢が生まれたことは想像に難くない。約20年以上にわたる論争の末、1996年に行われた全国初の住民投票で巻町民が巻原発NOを選択したことにより、事実上の終息をみた。
この時、笹口さんの父である笹口孝明前社長は「巻原発・住民投票を実行する会」の代表、その後に巻町長となり、住民投票を主導した。当時は空前の新潟地酒ブームの終わりだったが町の仕事に懸命に努めたため販路拡張が難しく、原発に関する摩擦もあり、売り上げは落ちた状況であった。
しかしその後、代々続けてきた実直な商売に加え、孝明前社長が町長として町のために尽力した功績、さらに福島第一原子力発電所事故の被害を目の当たりにしたこともあり、時代とともに評価は徐々に回復していった。
蔵をアップデートしながら日本酒文化を守り、広める
笹口さんが会社に入ってから改革をしたのは、酒のラインナップだけではない。その一つが蔵の整理だ。見学できる蔵にしようと、場所を取っていた古い機械やタンクを処分。それと同時に、酒米を蒸すために導入していた機械制御の蒸米機をあえて廃棄し、昔ながらの和釜と甑(こしき)を使った人力での作業に変更した。
「自分たちでメンテナンスしきれない機械を使うことに疑問がありました。材料、作り方、歴史など日本酒は文化の塊です。そんな日本酒文化を発信していく上でも、昔ながらの造り方を残していくことも大事だと思い、切り替えたんです」
ただ廃棄するだけではなく、かつて使用していた木桶や木蓋などの用具はエントランス前のカウンターに再利用され、酒蔵らしい趣の演出に一役買っている。
酒蔵もワイナリーも飲食店もにしかんの観光案内所に
古きを生かし、新しきを取り入れている笹祝酒造。その行動の根本にはどんな信念があるのだろうか。
「循環型社会の勉強をしたこともありますが、その概念には一部疑問を持っていました。農産物、建築、人、サービス…様々な資源が同じ場所で循環し続けていくと、資源は消耗・老化していってしまう。やはり地域はある程度外ともつながり、循環の輪を広げる必要があると思うんです」
そこで笹祝酒造の目指す立ち位置は、あえての「ローカル」だ。笹祝酒造は飲み手も作り手も地元の人で、酒米は全量新潟県産。産地をさらに絞り込み、すべて新潟市内で穫れた酒米にするのも夢ではないところまで来ている。徹底してローカルであることが、他の酒蔵との差別化ポイントとなり、県外の人にとって「ここでしか飲めない、本当に地元の人のための酒」という価値になるのではないかと考えている。蔵を見学できるように整えたのはそのための一手でもある。
外国人観光客も普通に近所を歩いているような土地にしたい、と展望を語る笹口さん。そのためには、にしかんエリアの飲食店や観光スポットがそれぞれ観光案内所になることが必要だと考える。例えば各店舗・スポットにオススメ情報を記載した大きなにしかんマップを貼って、ショップカードを置き、来訪者に紹介しあう仕組みを作りたいという。
「豊かな自然と酒蔵やワイナリー、飲食店もあるにしかんを、新潟市には武器として使って欲しいんです」
商品作り、蔵づくり、まちづくり…受け継いできたものを大切に守りながら、にしかんだからできることを広げていく、その歩みの先にある賑わうにしかんの景色がくっきりと目に浮かぶような気がした。
- 取材・文/
- 丸山 智子
- 撮影/
- 内藤雅子(SUNDAY photo studio)