きんつばが名物の「角屋悦堂」
西蒲区岩室の温泉街を貫く北国街道沿い、岩室の交差点の角に瓦屋根の立派な菓子屋がある。その名の通り、道の角に佇む「角屋悦堂」の岩室本店だ。
店に入ると所狭しと並んだお菓子のパッケージやガラスケースに目を奪われる。
数多くの商品の中で角屋悦堂の名物になっているのが、素材本来の風味を生かした素朴なきんつばだ。この味を求めて県内外から観光客が訪れている。
手のひらサイズのきんつばは個包装になっている
一般的にきんつばとは、ずっしりとした餡に砂糖がふんだんに使われた濃密な甘みのある和菓子を想像するが、角屋悦堂の「金鍔(きんつば)」は甘みに負けることなく素材の風味が引き出されている。
味はあずき、青えんどう、白いんげんの3種類。
右からあずき、青エンドウのきんつば
歯ごたえが絶妙な小豆を含んだつぶあんは、さらりと軽やか。あっという間に平らげてしまい、ついもうひとつと手が伸びてしまう。
職人が手間をかけて製造するきんつば
角屋悦堂の看板商品が生まれた背景は、先代が関西できんつばを食べてすごく美味しかったからだという。その製造工程にはどんなこだわりがあるのだろうか。
火加減を気にしながら小豆を煮る
「あずき」には、国産の小豆を使用。きんつばは下ごしらえの段階で小豆のえぐみを取るために渋抜きをするが、角屋悦堂ではこの渋抜きを繰り返している。食べた瞬間に感じる素材の風味の仕掛けがこれだ。
渋抜きを繰り返した小豆は、半日かけてふっくらと炊き上げられる。長年受け継がれている温度調節と時間のさじ加減が要だ。こうして豆が潰れず残り、歯ごたえの良いきんつばが完成する。
成型したきんつばの原型。寒天の光沢がある
小豆に砂糖と寒天を加え煮てから成型し、最後に上新粉を水でといた生地を6面につけ、銅板で焼いていく。
生手際よく焼かれていくきんつば。湯気がホカホカと出ている
加物や保存料は使用しないため賞味期限は3日間と短い。特に暑さの厳しい夏季は日持ちしないことから7、8月は製造販売を中止している。
江戸時代から万屋に始まった歴史
角屋悦堂の歴史は遡ること約200年前の江戸後期に始まる。初めは塩やタバコ、お土産を販売する万屋(よろずや)として商いをしていた。弥彦まで伸びる北国街道沿いの立地にあることで彌彦神社へ行く参拝客のお休み処としても利用されるうち、次第におまんじゅうなどお菓子の品揃えが多くなり、菓子屋の看板を掲げるに至った。
色とりどりのお干菓子
かつては同じく街道沿いの100メートルほど南下した土地に店を構えていたが、江戸後期に起こった岩室大火のあと店舗を現在の地に移し、「角屋」の名がつけられた。菓子屋として正式に登録したのは昭和7年。そこからでも80年以上を数える、地元で誰もが知る老舗店なのだ。
店の隅には万屋当時の姿を思わせる塩とタバコを現在も販売している
角屋悦堂は岩室本店のほか西蒲区和納に支店を展開。にしかんの地に根ざし、素材の美味しさを大切にしながら長い間親しまれている。
店頭で接客の中心となっているのは3代目の店主に嫁いで22年という女将の千恵子さん。持ち前の気さくさと柔らかな物腰で温かく迎えてくれる。
にしかんの良さは美味しい食べ物と良い人が多いことだと語る千恵子さん
素材の美味しさが光る「おこわだんご」
角屋悦堂できんつばと人気を二分するお菓子がある。おこわと、あんだんごが同時に味わえる「おこわだんご」だ。
もとは農家で余りのごはんを利用した家庭用のおやつだったという。米が豊富な新潟ならではの一品だと言える。
笹の葉に包まれたおこわだんご。5センチ程度の大きさで食べやすい。1箱5個入り
あんこ、餅、おこわが三層になったおこわだんごは、ほんのり醤油の塩気と、控えめで優しいこしあんのバランスが絶妙。小豆の程よい硬さが、柔らかい餅の食感にコントラストをつけている。
おこわのしっかりとした米の風味から推測する原材料の質の良さは、パッケージにある越後平野産のこしひかり、こがねもちを主原料にしているという小さな記載によって裏付けられる。
異なる三層の個性を一度に味わえる変わり種として、県外からの観光客には特に目新しく映る。午後には売り切れてしまうことも珍しくない数量限定品なので、目当ての場合は来店前に確認したい。事前に電話での取り置きも可能だ。
毎年生まれる新商品・にしかんブランド商品の開発
店内には、定番商品に加えてシャインマスカット大福やコーヒー生大福など、新しさのある菓子も目に入る。
工房には若手の職人も在籍し、さまざまなお菓子が製造されている
和菓子職人である三代目ご主人
現在は、にしかんプロジェクトの一環で新商品開発が進行している。角屋悦堂の人気商品の一つである葛湯をリニューアル。にしかんの生産者たちが作る素材(からむし、ごぼう、柿の葉など)を組み合わせた「西蒲美人」という名前の商品になる。
モチーフとなったのは、にしかんの伝説に登場する薬売りの女性たち。「五ヶ浜(ごかはま)」や「角海浜(かくみはま)」という海岸沿いのエリアで語り継がれる物語に登場する彼女たちはとても美しく、嫉妬を込めて「浜の魔女」と呼ばれることもあったそうだ。葛湯と温泉の相乗効果で、浜の魔女さながらの「あっため美人」に近づける一品。温泉街の新たなお土産品の完成が待ち遠しい。
にしかんの美しい薬売りをイメージしたパッケージ
伝統の味を守りながら、アップデートし続ける
こだわりの素材、その本来の味を大切にしながら、菓子製造を続けている角屋悦堂。新商品の葛湯もそうだが、どの商品も控えめで上品な甘さが特徴だ。これは現代の嗜好に合わせたものではなく、古くから大切にしているこだわりだ。
「防腐剤などは不使用。これからも安心安全で体に優しいものを作り続けたいです」と話す女将さん。
海外からの観光客をもてなす気配りを欠かせない女将さん
変わらない芯を大切にしながらも、新しい風を取り入れる工夫をしているという。毎年3〜4種発売される新商品は、リピーターにとって嬉しいニュースとなっているだろう。
古くから旅人の往来を見守ってきた地域きっての老舗和菓子店。80年の信頼は厚く、どっしりとこの地に根ざしている。
- 取材・文/
- 廣川 かりん
- 撮影/
- 廣川 かりん