真っ黒なにしかんの家庭料理「きりあえ」
2019年11月某日、弥彦神社の参道沿いにある味噌屋「越後みそ西 弥彦笹屋店」で、とある商品開発の打ち合わせが行われた。メンバーは株式会社越後みそ西の専務取締役でみそソムリエの杤堀佳倫さんと、にしかん岩室エリアのレストラン「灯りの食邸 KOKAJIYA」のオーナーシェフ熊倉誠之助さんの2人。
レシピ開発を担当する熊倉誠之助さん(写真左)と、素材を提供する杤堀佳倫さん(写真右)
熊倉さんが持ってきたタッパーを開け、真っ黒な“何か”をスプーンですくい杤堀さんが一口味わうと…
「おいしい!初めて食べたけど、真っ黒な見た目と華やかな味わいのギャップが大きいですね(笑)」(杤堀さん)
二人が商品化を目指して打ち合わせているもの。それが、にしかんの家庭に伝わる伝統の料理「きりあえ」だ。細かく刻んだ大根の味噌漬けに柚子とゴマを和え、砂糖で味を整えた生ふりかけになる。
この時の試作には、越後みそ西の大根の味噌漬け「ふりふりみそ漬け」「天然黄金大根」を使った2種類のきりあえを用意
きりあえは、口元に運ぶだけで鼻に抜けるゴマの香ばしい香り、そしてほどよいしょっぱさとシャクッシャクッという食感が特徴だ。黒ゴマか白ゴマか、シソの実などの食材を加えるか、家庭ごとにアレンジは異なる。
今回は越後みそ西の大根の味噌漬けを使った熊倉さんのオリジナルレシピで、基本の材料に大葉も加え、黒ゴマも粒状のものと擦ったものの2タイプを入れている。
「昔、年貢としてお米を全部地主に取られたくない農家さんが白米の上にびっしり乗せて、『白米じゃないですよ』と言って食べていたのが始まりとも言われています」(熊倉さん)
二人はにしかんらしい食のコンテンツとして、きりあえの商品化を目指している。
異例!柏崎の味噌蔵が弥彦神社の門前に出店
打ち合わせの会場にもなった「越後みそ西 弥彦笹屋店」は、約50km離れたところにある柏崎市の味噌蔵の販売店だ。天保2(1831)年創業の老舗で、弥彦の店舗は2018年4月にオープンした。
「越後みそ西 弥彦笹屋店」と弥彦神社の鳥居は目と鼻の先
「もともとここは『笹屋菓子舗』という、弥彦の銘菓を代々製造・販売しているお店でした。製造は続けつつ店舗運営を任せる人を探しているということで、縁あって私たちが店舗の運営を継承しました」(杤堀さん)
越後みそ西の「三階節みそ」は、ANAの機内食にも採用された(2019年9月~11月)
店舗の奥で笹屋菓子舗が製造している弥彦銘菓の玉兎や温泉まんじゅうも店頭に並んでいる
越後みそ西の弥彦の店舗は弥彦神社・一ノ鳥居前の門前通り沿いにあるが、この場所は「神社ができる頃から必要とされてきた、神社との関わりが深い方々の土地だと聞いています」と杤堀さんが話すように、エリア外の事業者が商売をすることは異例中の異例だ。
しかし、歴史ある笹屋菓子舗との縁から、越後みそ西が少しずつ地域に受け入れられてきていることを実感している栃堀さん。その中で新たな価値を地域にもたらす存在になりたいと話してくれた。
「外から来た私たちだから見つけられる魅力もあるのではと、楽しみにしています」(杤堀さん)
きりあえとの出会いを「衝撃的」と語る料理人
「初めてきりあえを食べた時、あまりにもおいしくて。人生の中でも結構衝撃的でした」と力説するのが、レシピ開発担当の熊倉さん。
にしかんの食材をはじめ、毎朝仕入れる素材でメニューを決める熊倉さん
岩室でレストラン「灯りの食邸 KOKAJIYA」を営む熊倉さんは30歳の頃に初めて食べて衝撃を受けて以来、独自に調べながら自分なりのきりあえを追求し、KOKAJIYAやケータリングで提供してきた。
「きりあえは、とにかくご飯と合うんです。塩味が強い味噌漬けだと味の調整が難しいのですが、みそ西さんの味噌漬けは少し甘めでおいしいので、とても作りやすかったです」(熊倉さん)
絶妙な味のバランスと日もちの兼ね合いを考えながら、熊倉さんは今後さらに商品設計を詰めていく。
築100年以上の古民家をリノベーションしたKOKAJIYA
ソトからの目線で新しいスポットライトを当てる
「シソの実の味噌漬けで作るきりあえも開発してみたら?」「おやきやお茶漬けにも合いそう」「今、炊いたご飯と合わせたい!」など、打ち合わせの中でどんどん話は弾んでいく。それがこのきりあえのおいしさと「にしかんの魅力」となりうる力を持っていることのなによりの証だろう。
熊倉さんは味噌の食べ比べをしながら、味噌ごとの熟成具合の違いや料理との相性を杤堀さんにヒアリング。今後さらなるコラボが実現するかも?
「きりあえと同じような立ち位置の料理で、にしかんの越前浜にある『しょっからいわし』って知っていますか?」と熊倉さん。
「いわしの塩漬けで、これもめちゃくちゃおいしいんですよ」という説明に、「なんですか、それ!?食べてみたい!にしかん、未知のワールド…知らない食文化がやっぱりありますね」と前のめりの杤堀さん。
お米、調味料、お菓子、雑貨…店内には新潟ならではのアイテムがぎっしり
地域に当たり前にあるものが、外から来た人にとって新しく魅力的なものに映る。それはそのもの自体に絶対的な魅力があるからであり、新たにスポットライトを当てることは商品だけではなく地域にも関心が向けられるきっかけになる。さらにおいしいものは人をつなぎ、その土地への愛着へと繋がっていく。
「ウチ×ソト×おいしいもの」、この日はそんな掛け算から新しいにしかんの魅力が芽吹いた瞬間だった。商品化されたきりあえを食卓に並べる日が待ち遠しい。
- 取材・文/
- 丸山智子
- 撮影/
- 内藤雅子(SUNDAY photo studio)